2013年7月21日日曜日
【映画】キングコーン
アメリカ人はコーンでできている
冒頭のシーンでの一コマ。髪の毛を分析してみるとなんと多くのコーンが含有されていた。でもそんなにコーンを最近食べた記憶はないし、、、ところがどっこいアメリカ人は無意識にコーンを毎日食べている。
とうもろこしの生産量を世界的に見ても43パーセントとダントツでアメリカが作ってる。何でかといえば国から援助金が出ているからなのだが、なぜそこまでしてコーンを作る?5階建てビルほどある高さの倉庫に並々とコーンが詰まっているほど作りすぎて飽和している状況なのになぜ多くの農家はコーン農家にシフトする?これにはアメリカの格差と肥満の問題が根底にあった。
アメリカの低所得者から中層階級にかけてポピュラーなフードでありアメリカの象徴ともいえるハンバーガー。もはや説明の必要はないだろうが、肉をパンで挟んだファストフードだ。日本には天下のマクドナルド、バーガーキング、ウェンディーズ、モス、フレッシュネスくらいしかないがアメリカには山のようにファーストフードショップがある。アビーズ、インアンドアウトバーガー、ホワイトキャッスルなど挙げていけば日が暮れる。しかも日本に比べサイズはでかいし基本的にドリンクは飲み放題だ。しかし肥満の原因は量ではない。
バーガーセットはコーンでできている。
太る理由はここにある。
コーンでできてる?どう考えたってコーンなんて入ってないだろ!と思うだろう。
無理もない。あの黄色いキュートなコーンではなく形を変えて含まれているからだ。
まずバーガーから。もっともポピュラーなバーガーはビーフであり、ビーフは基本的に牧草を食って育つ。しかし牧草を食う牛は育つまでに時間がかかる。もっとスピーディーに育つ方法はないか?として生み出されたのが閉じ込め手法でコーンを延々牛に食わす。するとどうだろう、牛は今までの倍早く育ち肉の値段はローコストに。こうしてバーガーの低下価格化が実現する。コーンのほとんどは家畜のえさ用として流れる。しかしさきほど言ったように牛は牧草を食う生き物であり、胃が穀物に対応してない。そのため胃酸が出過ぎて胃に穴が開く。これを防ぐために牛には大量の薬も投与する。薬漬の肉を食うわけ。穀物を食った牛の肉は高脂肪で太る原因となる。
次にドリンク。どう考えてもコーン入ってなさそうだが砂糖より安価なコーンシロップが入ってる。しかもめちゃくちゃ甘い。but発がん性物質が入ってる&太りやすい。こちらもローコストで手に入るためドリンクは飲み放題という夢のような結果に。
最後にフライドポテト。ポテトはもちろんイモだが揚げている油がコーンから作られるコーン油だ。
以上の理由からバーガーセットを食うことは同時にコーンを食うことになる。
コーンスターチ、コーンシロップ、コーン油、コーンプロテイン。形を変えたコーンはあらゆる部分に多用され、安価で食を豊かにする。安くて甘くて風味豊かでいいじゃない!そう思っていた時期が私にもありました。
しかし安いものにはそれなりの理由がある。
これらのコーンは栄養価が非常に低く代謝も悪い。高カロリーでガンにもなりやすくなる。
しかしアメリカはコーンを食わざるを得ない状況だ。
雇用は衰退し、保険はなく、病気になれない。それに富裕層が搾取しているためアメリカンドリームは遠い昔。食わざるを得なくて太らざるを得ないのだ。アメリカの肥満問題は貧困とリンクした国家問題だった。
そのうちアメリカに行ってファーストフードショップに入ったらセットを頼んで、いろんな思いを込めてバーガーをほおばってほしい。そこにはアメリカの味が詰まっている。
2013年7月15日月曜日
【映画】おいしいコーヒーの真実
我々は日々欠かさずコーヒーを飲んでいる。それは太古の昔から変わらぬことであり、コーヒーはある種の血であるといっても過言ではない。世界で消費されるコーヒーは一日に20億杯を超えそのニーズは年々増している。消費されるコーヒーのほとんどがエチオピアで生産されており、そこには破格の値段でネスレやイリーなどにコーヒーを買われ苦しむ農家の姿があった。
この映画は2006年に英米共同で製作されたドキュメンタリーである。
エチオピアでのコーヒー生産農家の地位向上のために活動するタデッセ・メスケラに焦点を当て、世界経済・貿易の不均衡と搾取の実態をレポートしたもの。
全世界で1日20億杯飲まれるコーヒーは、石油に次ぐ取引規模を誇る[3]国際商品であるが、その莫大な市場規模に対してコーヒー農家に支払われる対価は低い状況が続いている。そんな中で1990年から2000年にかけて発生した国際市場相場の暴落は生産者の生活を崩壊させ、麻薬生産へ転向する生産者が出るような状況に陥っている。アフリカ・エチオピアでそうした状況を打破しようと生産者組合を組織して奮闘する活動家タデッセ・メスケラに密着し、コーヒー農家の過酷な生活実態と、取引相手となる先進国大企業の不公平な取引事情を描く(引用元wiki)
コーヒーの国際価格はニューヨークとロンドンの取引所で決まるのだが、その数字を元に業者は安く仕入れ農家は安い賃金が入ることになる。
エチオピアの女性は日給0.5ドルで休むことなく手を動かし働いている。コーヒーの価格が安くなればなるほどエチオピアの農家たちの暮らしは貧しくなり、ろくに教育も受けられないような状況が続いている。
電気もついてない部屋にすし詰めで集まる大人から子供が同じ内容の勉強をしている。過程によって収入はさまざまだからだ。
カットは変わり、シアトルにあるスターバックス一号店。シアトルの自信満々女二人組みがコーヒーを売ることに生きがいを感じているようなまぶしい笑顔を振りまく。まるでこーひーの産地に悲惨な状況が訪れていることを露も知らないかのような。
彼女たちが提供していたコーヒーはシダモ地域というところで作られている。そこではなんと飢餓が問題としてあり、ユニセフが栄養失調の子供たちに配給をしていた。
自分が日々飲んでいるコーヒー、それはコーヒーに限らず、食べているもの、飲んでいるものがどこで作られどんな問題があるのかを考えたことはあるだろうか?
我々が日々当たり前のように扱ってるものは多くの人間の手間と苦労があって、当たり前になっている。日本ではよくクレームが店に対して起こるが、平和ボケが生んだ産物だろう。それなりの対価を支払った店にはそれなりのサービスがあたえらるわけであり、高級品とジャンクを同じテーブルに載せることは具の骨頂であるだろう。マクドナルドであなたが頼んだバーガーに髪が入ったのならそれは150円の対価であるが故仕方ないのだ。6000円払って入ったフレンチのコースに髪が入っていたのならばそれはクレームをするべきだろう。
日本などまだましなほうだ。ファーストフードネイションという映画を見ればわかるが、ハンバーガーチェーンのバイト君がバーガーにつばを入れてそれを食うのを見て楽しむなんてシーンがある。フィクションではあるがそんなことが起こりうるほど安いものにはそれなりのサービスが提供される。
また店での瞬間だけでなく、例えばメキシコ移民が工場で屠殺する時に大腸菌が混入したり、あるいは大量生産されたとうもろこしから作られた発がん性の高いコーンスターチが使われていたり、一つ一つたどっていかないとそれがいったいどんなものなのかはわからない。目の前にあるタダのチーズバーガーは、実は大腸菌が入った、発がん性の高い、移民が作ったチーズバーガーなのかもしれない。
言いたいことは安いものにはそれなりのワケがあるということだ。
2013年7月14日日曜日
【映画】パンズラビリンス
公開当初多くの人がこの映画にテラビシアにかける橋的なファンタジー要素と何か幸せになれる不思議な映画だと思い込んで劇場に足を運んだことだろう。ところがパンドラの箱を開けてみれば中には戦争とメキシコ的生死表裏一体観、そしてグロテスクな描写がたんまりあることに思い知らされる。私自身ジャケットでこの映画の内容を大体こんなもんでしょ?と決めつけていた。
ギレルモデルトロ監督はそこまで甘くなかった。
米アカデミー撮影賞・美術賞・特殊メイキャップ賞、全米映画批評家協会賞の作品賞などさまざまなタイトルを獲得し各国で激賞された。ダークファンタジーと太鼓判を打っているがどう考えても戦争映画であるし、ネグレクトや幼児虐待といった現代社会の暗部にも通底するドス黒いメッセージ性をも含む。戦争としての面とファンタジーとしての面が同じ時系列で同時に進み、最終的に一つになるというストーリーの構造であるが、二つの住み分けがうまくなされており観ていて混同することなく楽しめる。
あらすじ
1944年のスペイン。内戦終結後もゲリラたちはフランコ将軍の圧政に反発していた。そのため、緑深い山奥でも血なまぐさい戦いが繰り広げられていた。おとぎ話が大好きな少女・オフェリア(イバナ・バケロ)は、臨月を迎えた母カルメン(アリアドナ・ヒル)と共に、その山奥にやってきた。駐屯地を指揮するフランコ軍のビダル大尉(セルジ・ロペス)と母が再婚したからだ。しかしビダル大尉は、ゲリラの疑いがあるというだけで農夫親子を惨殺するような残忍な男だった。ビダル大尉を恐れるオフェリア。一方、小間使いのメルセデス(マリベル・ベルドゥ)は実はゲリラ軍の協力者だった。大尉の元に潜り込んで、ゲリラ軍に情報を流していたのだ。そんなメルセデスと仲良くなるオフェリアだが、ある日、ひょんなきっかけから不思議な迷宮(ラビリンス)に迷い込んでしまう。そこには山羊の頭と体をしたパン(牧神)がいて、彼女に驚くべき事実を告げた。オフェリアは魔法の王国のプリンセス、モアナの生まれ変わりに違いないと言うのだ。そして満月の夜が来るまでに三つの試練に耐えられれば、両親の待つ魔法の王国に帰ることができると言う。その言葉を信じたオフェリアは三つの試練に立ち向かう決心をするのだった。こうして幻想の世界にのめり込んでいくオフェリアの周りでは、ついにゲリラ軍とフランコ軍の、血で血を洗うような戦いが始まる……。
スペイン内戦やフランコ独裁政権について知らないことにはこの映画を楽しむことはできない。
スペイン内戦とは1936年、マヌエル・アサーニャ率いる左派の人民戦線政府と、フランシスコ・フランコを中心とした右派の反乱軍とが争った戦争。スペイン共和国政府に対して、軍事反乱を起こしたフランコ将軍はナチスドイツと手を結び、共和国政府を支持する共和派やレジスタンス派に対して、徹底的な弾圧を加え続けた、スペイン国土を荒廃させ、共和国政府を打倒した反乱軍側の勝利で終結し、フランシスコ・フランコに率いられた独裁政治を樹立した。ナチスドイツがポーランドへ電撃侵攻を開始したのは1939年9月1日だが、その5年後の1944年6月には連合国軍がノルマンディー上陸作戦を開始したため、ナチスドイツの敗北はもはや明らかになっていた。ではその時、スペインの山の奥にこもってフランコ政権への抵抗を続けるゲリラ軍は?というバックグラウンド。
そういった血で血を洗う内戦のさなか、少女は自らの妄想により生み出した現実逃避によりむごい世界から目をそむけていたのだ。「だから少女は幻想の国で、永遠の幸せを探した」というこの映画のキャッチコピーはそれを物語る。
「パンズラビリンス」とは直訳すればパーンの迷宮となる。パーンとはギリシャ神話における農耕神ルベルスクであり、ファウヌスである。映画ではヤギのビジュアルのパーンがどう見ても悪役のような姿で現れる。家畜や森を守る神であり、劇中でも森の迷宮に生息する。パーンの迷宮と名付けられるぐらいなのだからおそらくギリシャ神話にリンクした映画なのだろう。主人公の少女は月の女神であると告げられ、その世界に戻るために三つの試練をこなす。そして自らの命を絶つことにより黄泉の国に行き、神になることからオフェリアはギリシャ神話における女神アルテミスではなかろうか。アルテミスは古くは山野の女神で野獣と深い関わり合いを持つ神であった。アテナイにはアルテミスの為に黄色い衣を着て踊る儀式があったとされるが、少女オフェリアが最後月の女神になった際に着ていたドレスは黄色でありこれはおそらく偶然ではないだろう。女神は、森の神として、兄弟神アポローンとともに「遠矢射る」の称号をもち、疫病と死をもたらす恐ろしい神の側面も持っていた。また産褥の女に苦痛を免れる死を恵む神でもある。少女オフェリアの母は弟を生んだ際死んでいる。これもおそらく偶然ではないだろう。そして神話の中ではオレステースがイーピゲネイアと共にもたらしたアルテミスの神像は人身御供を要求する神であったとされる。アルテミスに対する人身御供の痕跡はギリシアの各地に残されていた。少女オフェリアは最後自らを犠牲として捧げることにより生贄になり、アルテミスになったのだ。
映画では冒頭にオフェリアの死とまたラストで同じシーンが流れる。しかしオフェリアの死で幕を閉じるのではなく煌びやかな黄泉の世界が映し出され終わる。これは肉体は朽ち果てても魂はよりよい世界へ行ったという一種の観客への慰め的演出であり、メキシコ人的な生と死は一体であるという観念を表した重要なシーンだ。しかし舞台を戦時下に置く必要はなかったと思う。確かに、残酷な世界に逃げる隙を与える対照的な世界は対比しやすくまた死と隣り合わせであるということ、死は終わりであり始まりであること、これらを分かりやすくするには戦時下がいいのかもしれない。しかし戦争というイメージが強くありすぎ、また事実であるが故ここの価値観が邪魔して支離滅裂な構成になってしまったと考える。
ストーリーの構成はおいておいてクリーチャーのデザインには毎度頭が下がる。ヘルボーイの死神はたまらないデザインであったが、今回も一度見たら数十年は忘れない強烈なインパクトのあるクリーチャーが出てくる。
↑ヘルボーイの面々
中でもペイルマンというキャラクターは誰がいつ見てもキモいという感想を満場一致で叩きだすツワモノ。試練の中に登場するのだが、手のひらに目が付いておりサルエルパンツみたいな皮膚でちんたら追いかけてくる。文体だけみてるとただのバカにしか思えないが映像で見るとホントにキモいしえげつない。妖精を頭から食う。パンズを知らずにこのクリーチャーを知っている人間も少なくない。ある意味デルトロ色全開ですばらしいけど、夜中に出てきたらずいずいズっころばしで眼つぶしするしかない。
2013年6月29日土曜日
【雑記】明日から使える映画のセリフ
今やどこの国に行っても、英語さえ話せれば食いつなげる便利な世の中になった。かつて世界は交易の際、仲介する通訳がなければ、よその国とコミュニケーションをとることは不可能であったし、言葉はいわば文明を育てる力だ。バベルの塔でもあるように、言葉をごっちゃにされることはわれわれにとって一番の恐怖。日本でも戦後英語に対する教育はGHQにより強制され、今では外国人講師を招くなどしてかなり重要視されている。それ自体は非常に良いことだし企業に入るにあたっても英語ができるということは、大きなスキルとして欲されているのでこれからも伸ばしてしていくべきだろう。
しかし日本の英語教育を受け、抜群の成績と学年一位の成績を取った人間が、アメリカにほっぽり出されたとして生き延びることができるかといえば、それは不可能だ。高校卒業時点の英語力は、おそらくアメリカの5歳児にも及ばない。事実、学校の成績はオール5、受験勉強でも鍛え抜き英語には自信満々だった友人A君はアメリカでコテンパンにやられて帰ってきた。本人曰く、何も話さなかったというがそれも無理はない。学校で教えられる英語は形式的な読む英語であり、生活で使う英語ではない。TOEICや英検といったような試験で使う英語でしかないのだ。日々生きていく中で、助詞や定冠詞、命令文など意識して話すだろうか?主語がどこにかかるかを意識して話すだろうか?意識して話すことはまずない。学校英語は生きる上で力にはならない。
ここまではもはや周知の事実。ではアメリカの五歳児と圧倒的な英語力の差を生んだのは何か?
それは環境。当たり前かもしれないが当たり前ができていない。身の回りの物が英語で言えるかどうかが大きな差を作った。シャーペン、はさみ、ゴミ箱、棚、廊下、天井から始まり道路、住宅街、線路、港など生活するにあたりそれらの単語を理解することは必須といえる。救急車をアンビュランスと言える人は実はあまりいない。身の回りの物を英語で言えるということはすなわち生きるための手段を会得しているということであるし、先端恐怖症とか議会制民主主義なんてものの英語は生きていく中で使うことはまずないので頭でっかちの英語は生きていくとしたら即死。
逆にいえば学校英語ができなかった人でも気負いすることはない。英語圏にいく場合一番必要なのは話すという気合だけ。文法もいらない。今からでも遅くない!さあいまあなたも!すぐこちらにお電話を!××-××××!!!
ここまで長々と英語について語ってきたが最終的に言いたいのは、映画のセリフを覚えて旅行なり商談で使ってしまおうぜってワケ。ただし責任はとらないけどね。独断と偏見でクールなセリフをチョイスしたので是非覚えて使ってください。ダイハードになろうぜ。
Lesson1
Go ahead,make my day. (ダーティハリー 1971年)
「やれるもんならやってみな」
痴呆症のおじいちゃんみたいな扱いを受けているクリントイーストウッドも、かつては44マグナムをぶっ放し、黒人悪党に制裁を下すヒーローだった。これはとあるダイナーで強盗が店に押し寄せ、居合わせたイーストウッドが悪党に向かって言うセリフ。ワイルドで西部劇の匂いもほんのりさせる
最高にクールなセリフ。使う場面としてはハンバーガーショップでスーパーサイズにするかどうか聞かれた時。確実にスーパーサイズにされる,,,,
ちなみにニクソン大統領はこのセリフを気に入って何度も言っていたので、その世代のアメリカ人にはウケがいい。
Lesson2
Freaks! (ダークナイト 2008年)
「化け物め」
ダークナイトで有名なセリフといえば"why so serious?"だが使う場面が職場くらいしかなさそうなので今回は割愛。こちらはおなじみジョーカーに対して黒人マフィアが厨房で言い放つ言葉である。劇中ではジョーカーが、俺みたいな金玉を取ったやつは玉を取られることはないがねみたいなセリフを言い、それをこのフリークス!で笑いを取るという、いわば突っ込み。使い方としては、身の上自慢だとか意味分かんないことばっか言って周りが若干引いてるにもかかわらず話し続けるKYに対して、一言FREAKS.といえば爆笑を誘えること間違いなし。そのかわりKYは以降いじられキャラになることは間違いない。freaksとは昔サーカスなどで見世物小屋にいた奇形の人々や障害を持つ人々のこと。あまりいい表現ではない。
Lesson3
Soylent Green is people! (ソイレントグリーン 1973年)
「ソイレントグリーンは人肉だ!」
SF好きな人にはひそかに人気な映画ソイレントグリーン。知らない人が大半だと思うので簡単にあらすじを説明すると、極度の文明発達と乱獲で温暖化が進み野菜や食べ物は一切とれなくなった未来、人々はソイレントグリーンと呼ばれるプランクトンから作られた人口食物を食べていた。しかしその工程に疑問を抱いた主人公はその工場に潜入するとなんとソイレントグリーンは人から作られていた、という話。その時主人公が叫ぶ言葉がこれなのだが、最近だとウォシャヲスキー監督のクラウドアトラスで老人ホームから逃げ出す老人がこのセリフを叫び再び話題となった。使う場面としては当たり前だったことが実は違ったなんて時に使うのがよろしい。例えば、俺実はお前の父親なんだと言われたら「嘘だー!」じゃなくて「ソイレントグリーンいずピーポー!」で。
Lesson4
Do you see me? (ノーカントリー 2007)
「俺の顔を見たか?」
その顔を見たものは確実に死ぬと言われる殺し屋シガー(見た目は寝不足のふかわりょう)が言い放つセリフ。口裂け女のわたしきれい?なんて比じゃない。誰かにチクろうものなら水素ボンベで脳みそを吹き飛ばされるかサイレンサーつきのショットガンで音もなく殺されるのだから。使い方としてはつまみ食いを見られた時や銀行強盗の時だね。とびっきり目をひんむいた顔で言うのがポイント。
Lesson5
Do you maggots understand that?(フルメタルジャケット1987年)
「分かったか、ウジ虫ども!」
おなじみハートマン大佐の人権ガン無視セリフ。軍隊訓練というのはこういった汚い言葉や罵声を浴びせられ、自分という確立したアイデンティティを一度ゼロにしてから殺人マシーンにするという、いわゆる洗脳なんですわ。これ以外にももっと下劣でドイヒーなセリフがたくさんあるが一番これがセーフってことで。(これでも結構アウト)使い方はマジで気をつけてもらいたいのだが間違えても米軍に向かって言わないように。いいか絶対にだぞ?絶対にだ。
以上5つのセリフを上げたがどれもとてもユースフルなものだし、これさえ知っていれば学校英語何ぞ寝ててもアメリカで生きていける。大事なのはスピリッツ。おベンキョじゃない。伝えようという意思、姿勢、態度。それさえあれば国の境目なんて素手で破壊できる。なぜなら僕らは文明人なのだから!!!
しかし日本の英語教育を受け、抜群の成績と学年一位の成績を取った人間が、アメリカにほっぽり出されたとして生き延びることができるかといえば、それは不可能だ。高校卒業時点の英語力は、おそらくアメリカの5歳児にも及ばない。事実、学校の成績はオール5、受験勉強でも鍛え抜き英語には自信満々だった友人A君はアメリカでコテンパンにやられて帰ってきた。本人曰く、何も話さなかったというがそれも無理はない。学校で教えられる英語は形式的な読む英語であり、生活で使う英語ではない。TOEICや英検といったような試験で使う英語でしかないのだ。日々生きていく中で、助詞や定冠詞、命令文など意識して話すだろうか?主語がどこにかかるかを意識して話すだろうか?意識して話すことはまずない。学校英語は生きる上で力にはならない。
ここまではもはや周知の事実。ではアメリカの五歳児と圧倒的な英語力の差を生んだのは何か?
それは環境。当たり前かもしれないが当たり前ができていない。身の回りの物が英語で言えるかどうかが大きな差を作った。シャーペン、はさみ、ゴミ箱、棚、廊下、天井から始まり道路、住宅街、線路、港など生活するにあたりそれらの単語を理解することは必須といえる。救急車をアンビュランスと言える人は実はあまりいない。身の回りの物を英語で言えるということはすなわち生きるための手段を会得しているということであるし、先端恐怖症とか議会制民主主義なんてものの英語は生きていく中で使うことはまずないので頭でっかちの英語は生きていくとしたら即死。
逆にいえば学校英語ができなかった人でも気負いすることはない。英語圏にいく場合一番必要なのは話すという気合だけ。文法もいらない。今からでも遅くない!さあいまあなたも!すぐこちらにお電話を!××-××××!!!
ここまで長々と英語について語ってきたが最終的に言いたいのは、映画のセリフを覚えて旅行なり商談で使ってしまおうぜってワケ。ただし責任はとらないけどね。独断と偏見でクールなセリフをチョイスしたので是非覚えて使ってください。ダイハードになろうぜ。
Lesson1
Go ahead,make my day. (ダーティハリー 1971年)
「やれるもんならやってみな」
痴呆症のおじいちゃんみたいな扱いを受けているクリントイーストウッドも、かつては44マグナムをぶっ放し、黒人悪党に制裁を下すヒーローだった。これはとあるダイナーで強盗が店に押し寄せ、居合わせたイーストウッドが悪党に向かって言うセリフ。ワイルドで西部劇の匂いもほんのりさせる
最高にクールなセリフ。使う場面としてはハンバーガーショップでスーパーサイズにするかどうか聞かれた時。確実にスーパーサイズにされる,,,,
ちなみにニクソン大統領はこのセリフを気に入って何度も言っていたので、その世代のアメリカ人にはウケがいい。
Lesson2
Freaks! (ダークナイト 2008年)
「化け物め」
ダークナイトで有名なセリフといえば"why so serious?"だが使う場面が職場くらいしかなさそうなので今回は割愛。こちらはおなじみジョーカーに対して黒人マフィアが厨房で言い放つ言葉である。劇中ではジョーカーが、俺みたいな金玉を取ったやつは玉を取られることはないがねみたいなセリフを言い、それをこのフリークス!で笑いを取るという、いわば突っ込み。使い方としては、身の上自慢だとか意味分かんないことばっか言って周りが若干引いてるにもかかわらず話し続けるKYに対して、一言FREAKS.といえば爆笑を誘えること間違いなし。そのかわりKYは以降いじられキャラになることは間違いない。freaksとは昔サーカスなどで見世物小屋にいた奇形の人々や障害を持つ人々のこと。あまりいい表現ではない。
Lesson3
Soylent Green is people! (ソイレントグリーン 1973年)
「ソイレントグリーンは人肉だ!」
SF好きな人にはひそかに人気な映画ソイレントグリーン。知らない人が大半だと思うので簡単にあらすじを説明すると、極度の文明発達と乱獲で温暖化が進み野菜や食べ物は一切とれなくなった未来、人々はソイレントグリーンと呼ばれるプランクトンから作られた人口食物を食べていた。しかしその工程に疑問を抱いた主人公はその工場に潜入するとなんとソイレントグリーンは人から作られていた、という話。その時主人公が叫ぶ言葉がこれなのだが、最近だとウォシャヲスキー監督のクラウドアトラスで老人ホームから逃げ出す老人がこのセリフを叫び再び話題となった。使う場面としては当たり前だったことが実は違ったなんて時に使うのがよろしい。例えば、俺実はお前の父親なんだと言われたら「嘘だー!」じゃなくて「ソイレントグリーンいずピーポー!」で。
Lesson4
Do you see me? (ノーカントリー 2007)
「俺の顔を見たか?」
その顔を見たものは確実に死ぬと言われる殺し屋シガー(見た目は寝不足のふかわりょう)が言い放つセリフ。口裂け女のわたしきれい?なんて比じゃない。誰かにチクろうものなら水素ボンベで脳みそを吹き飛ばされるかサイレンサーつきのショットガンで音もなく殺されるのだから。使い方としてはつまみ食いを見られた時や銀行強盗の時だね。とびっきり目をひんむいた顔で言うのがポイント。
Lesson5
Do you maggots understand that?(フルメタルジャケット1987年)
「分かったか、ウジ虫ども!」
おなじみハートマン大佐の人権ガン無視セリフ。軍隊訓練というのはこういった汚い言葉や罵声を浴びせられ、自分という確立したアイデンティティを一度ゼロにしてから殺人マシーンにするという、いわゆる洗脳なんですわ。これ以外にももっと下劣でドイヒーなセリフがたくさんあるが一番これがセーフってことで。(これでも結構アウト)使い方はマジで気をつけてもらいたいのだが間違えても米軍に向かって言わないように。いいか絶対にだぞ?絶対にだ。
以上5つのセリフを上げたがどれもとてもユースフルなものだし、これさえ知っていれば学校英語何ぞ寝ててもアメリカで生きていける。大事なのはスピリッツ。おベンキョじゃない。伝えようという意思、姿勢、態度。それさえあれば国の境目なんて素手で破壊できる。なぜなら僕らは文明人なのだから!!!
2013年6月21日金曜日
【映画】アナライズミー
あらすじ
ニューヨークの悪名高いマフィアのボス、ポール・ヴィッティは対立するプリモ・シンドーネ・ファミリーとの対決を目前に控えたある日、突然パニック障害に陥ってしまう。
ポールは腹心のジェリーの紹介で、精神科医ベン・ソベルの治療を受ける事になるが、ベンにとってはまさに災難、ポールの治療を何にもまして最優先させられるハメになり、果てはかねてから予定していたローラとの結婚式までもメチャクチャにされてしまう。
だが、ベンは治療を続けるうちに、ポールが少年時代に父親を目の前で殺されていた事を知り、これが彼のトラウマになっているのではないかと確信する。
マフィアのボスがPTSDになってそれをみんなに悟られないよう精神科医にカウンセリングしてもらう映画なのだがこれまたスンゲー面白い。
ちょくちょくクスッとなるポイントがあり、なかでもゴッドファーザーのパロディが秀逸。フルーツ屋の前でマーロンブロンドが撃ち殺されるおなじみのシーンだが、デニーロじゃなくて精神科医がうたれるっていう笑 しかも縁石に座ってパパ、パパ...と嘆く。いやおれお前だから!!
しかもデニーロの父はレストランで食事中に撃ち殺されるという設定なのだが、なんだかごっちゃんなってんぞ??
車にぶつかったらトランクから人質出てきたり、教会のシーンもイタリアンレストランで飯を食うという王道のスタイルも素晴らしい。
アナライズユーという続編も出るくらいヒットしたコメディ。必見です。
PS
ちなみにグランドセフトオート5の新PV(マイケル編)はアナライズユー的なカウンセリングのPVであった。おそらくこの映画をイメージしているのだろう。なぜならマイケルも元マフィアで引退し刺激のない日々とダメ家族にうんざりしているという設定だから。しかしGTAでは最後カウンセラーが「思うに新しいセラピストが必要だ」と言って終わる。映画と違って皮肉だね。(しかも心なしか顔似てる)
http://youtu.be/SgmxEdYmGAA
【映画】ヒストリーオブバイオレンス
ヒストリーオブバイオレンス鑑賞。裸のランチでおなじみクローネンバーグ監督による同名DCコミックスの映画化。ロードトゥパーディションもそうだがコスプレだけがDCコミックスだけじゃない。誰かを救うかどうかでアメコミは決まる。
アメリカの田舎町でダイナーを経営するトム(ヴィゴ・モーテンセン)は、自分の店に押し入った強盗を華麗な裁きで見事倒し、人々の命を救う。その勇敢な行動がやがてマスメディアに取り上げられたことで、トムの見覚えのない片目の男カール(エド・ハリス)が店にやってきてトムを脅しはじめる。家族を救うために戦うトムだが次第にトムの過去が明らかになってき、妻はトムとの接し方に戸惑う。忘却のかなたに封印した過去の自分を呼び起こしすべてを終わらせる。
アメコミだって知識は正直後で聞いた方がいい。テンポが非常に悪いし全体的に暗いから。アクションシーンももちろんあるが会話がほとんどなのでヒストリーオブバイオレンスあらためドキュメンタリーオブバイオレンスでも問題ない。ディスカバリーチャンネルでやっても違和感ない。
じゃあ何が面白いのよって言うとヴィゴモーテンセンの演技一択といえる。トムが封印したジョーイの顔を出すときなんかお前誰だよってくらい雰囲気が変わる。周りに取り巻く空気まで変わる。これぞ演技といえる。親の七光りで出る自称俳優は是非見てほしい。これが演ずるということ。
何でかわかんないけどクローネンバーグはヴィゴの尻が見たくて仕方ないのか、イースタンプロミスに続きケツをさらす。前は出てない。
あと息子が(陰部ではなく戸籍上の)ジェシーアイゼンバーグにくりそつでうざい。
この映画最大の疑問は3千万ドルもの制作費をいったいどこにかけたのかということ。あの陽気で見終わったあと開放感とIQの低下をもたらす最高の映画ゾンビランドですら2千万ドルちょっとだ。
確認のためにもう一回見たが金がかかってそうなのは①エドハリスとウィリアムハートのギャラ。二人とも大して出てこないからあまり有力じゃない。②特殊メイクの費用。割と高クオリティなグロさなのでままあかかってるだろうが技術料材料費開発費含めて1000万いかないだろう。300みたいにバッタバッタきりまくる映画じゃないし。③となるとやっぱDCの版権。コンテンツ料ってのは目に見えないがすげえたかい。それにサムライミのスパイダーマンを皮切りに始まったアメコミ映画化ブームで版権の値段は軒並み上がったのだろう。
ヒストリーオブバイオレンスというよりは冷たい食卓みたいなタイトルのが似合いそうな内容だが俳優の演技はすばらしいのでアメコミと思わず是非一度見てみて。
2013年6月14日金曜日
【映画】隣の家の少女
女子高生コンクリート事件は日本中が震撼した。犯人はすでにムショから出てしかも再犯まで犯すという胸糞の悪さだが、これは日本に限らず残念ながら人間の心の奥深くにある残虐な精神はアメリカにもあった。実話を元にした映画がこのガールネクストドアだ。Jpopグループとはいっっっっっさい関係ない。日本とブラジルくらいの距離の関係なさ。いや月とt
1958年、小さな街で暮らすデイヴィッド(ダニエル・マンチ)の隣家に、ニューヨークから姉妹が越して来る。二人は家庭の事情で叔母(ブランチ・ベイカー)の所に預けられており、デイヴィッドはすぐに姉のメグ(ブライス・オーファース)と打ち解ける。だが、次第に彼はメグが叔母とその息子たちに虐待されていると気付き始め....
まさにこれこそヒストリーオブバイオレンスというタイトルをつけるべきだと思うが、憎くもない普通の女の子をこうまでして虐待するか??集団心理とか心の奥底にあるバイオレンスの芽は摘まないと悪の華になる。
まず母ちゃんガキにビールあげすぎ。50年代のアメリカは成人が13歳くらいなのか?
あと子供がコンフェッションとかいうか?子供が娼婦だと分かるようにキズをつけてやりたいとかいうか?ジョンゲイシーもびっくりのシリアルキラー候補生だわ。と思いながらも大人のエゴでキッズがやらされてるのを考えるとまあ言うかって感じで
犯罪は人数が増えればばれる可能性もどんどん上がる。しかも子供が相手となれば長くは続かないだろう。しかしまさかのシリアルキラー候補生だらけで(全部で八人くらいのガキ)全くばれない。恐ろしい世の中よ。君は目の前で女のあそこが焼かれるのを見て平然としていられるか?まさにここは地獄の黙示録なのだ。
映画というものは起承転結で構成されなければならない。そこに感動であったり恐怖であったり様々なエッセンスを組み込んで、観終わった後に映画はいい物だと感じるのが醍醐味だ。
私が大好きなテキサスチェーンソーはまさにこの流れを完全に網羅している。テキサス郊外の田舎で馬鹿な大学生が身の毛もよだつような恐ろしいコミュニティに紛れ込み、一人一人なぶり殺される緊迫感と、レザーフェイスがミスって自分の足切っちゃうみたいなギャグと、なんとか脱出してもまた初っ端にループするといったようなお先真っ暗エンディングなど、映画として完成しすぎている。
しかしこの映画には具体的な筋も明確な恨みもストーリーもなくただ胸糞が悪いだけで終了する。グロが好きな人はソウを好むが、理解できないと思っていたがソウのがまだ面白い。辛いものが好きな人は七味を単体で飲んだりしない。ソウは一応ジグソウが生きることの大切さを歪みきった形で教える道徳映画なのでぺパロニソーセージくらいの辛いちゃんとした料理になってる。しかしガールネクストドアは七味でしかない。
主人公の唯一正常な脳を持った少年が最後全員のこめかみに8ゲージショットガンを浴びせて=完=みたいなテロップが出るデスプルーフ的な爽快感あふれるエンディングならまだ救いようがあった。
私の子供嫌いをますます助長するような後味の悪すぎる映画ただの【JK】拷問してみた【おなご】みたいな中身も味もそっけもない映画。アレンジのしようによってもっといい映画になっていたはずだ。監督はディセントとかサイレントヒルのラストの有刺鉄線三枚下ろしとか見て勉強してほしい。
1958年、小さな街で暮らすデイヴィッド(ダニエル・マンチ)の隣家に、ニューヨークから姉妹が越して来る。二人は家庭の事情で叔母(ブランチ・ベイカー)の所に預けられており、デイヴィッドはすぐに姉のメグ(ブライス・オーファース)と打ち解ける。だが、次第に彼はメグが叔母とその息子たちに虐待されていると気付き始め....
まさにこれこそヒストリーオブバイオレンスというタイトルをつけるべきだと思うが、憎くもない普通の女の子をこうまでして虐待するか??集団心理とか心の奥底にあるバイオレンスの芽は摘まないと悪の華になる。
まず母ちゃんガキにビールあげすぎ。50年代のアメリカは成人が13歳くらいなのか?
あと子供がコンフェッションとかいうか?子供が娼婦だと分かるようにキズをつけてやりたいとかいうか?ジョンゲイシーもびっくりのシリアルキラー候補生だわ。と思いながらも大人のエゴでキッズがやらされてるのを考えるとまあ言うかって感じで
犯罪は人数が増えればばれる可能性もどんどん上がる。しかも子供が相手となれば長くは続かないだろう。しかしまさかのシリアルキラー候補生だらけで(全部で八人くらいのガキ)全くばれない。恐ろしい世の中よ。君は目の前で女のあそこが焼かれるのを見て平然としていられるか?まさにここは地獄の黙示録なのだ。
映画というものは起承転結で構成されなければならない。そこに感動であったり恐怖であったり様々なエッセンスを組み込んで、観終わった後に映画はいい物だと感じるのが醍醐味だ。
私が大好きなテキサスチェーンソーはまさにこの流れを完全に網羅している。テキサス郊外の田舎で馬鹿な大学生が身の毛もよだつような恐ろしいコミュニティに紛れ込み、一人一人なぶり殺される緊迫感と、レザーフェイスがミスって自分の足切っちゃうみたいなギャグと、なんとか脱出してもまた初っ端にループするといったようなお先真っ暗エンディングなど、映画として完成しすぎている。
しかしこの映画には具体的な筋も明確な恨みもストーリーもなくただ胸糞が悪いだけで終了する。グロが好きな人はソウを好むが、理解できないと思っていたがソウのがまだ面白い。辛いものが好きな人は七味を単体で飲んだりしない。ソウは一応ジグソウが生きることの大切さを歪みきった形で教える道徳映画なのでぺパロニソーセージくらいの辛いちゃんとした料理になってる。しかしガールネクストドアは七味でしかない。
主人公の唯一正常な脳を持った少年が最後全員のこめかみに8ゲージショットガンを浴びせて=完=みたいなテロップが出るデスプルーフ的な爽快感あふれるエンディングならまだ救いようがあった。
私の子供嫌いをますます助長するような
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