2014年にサンダンス映画祭を沸かせたとされる今作は、『地球、最後の男』のウィリアムユーバンク監督最新作。ネタバレあり。
あらすじ
MITに通うニックらは、学校のPCにハッキングしてきた謎の人物ノーマッドの正体を追っている時に、何者かに拉致されてしまう。気が付くと、ニックたちは政府の隔離施設に監禁されており、「何か」と接触したため感染が疑われ、隔離されることが告げられる。不審に思ったニックは、仲間を連れて脱出を試みるも、自分の体に異変が起きていることに気づく。そして、追いかけてくる研究員たちによって窮地に立たされたとき、思いもよらない力が発動する。
まずキューブリックとリンチを継承、崇拝している感が尋常じゃない。
しかしIQが足りなかったのか、なんだかまったくわからない置いてけぼりな映画になってしまった。
キューブリックの良さは映画の随所にちりばめられたエッセンスを個人が回収し持論を炸裂し合って議論させ合い、おまけに答えは教えてくれないというドSっぷりが愛される理由だと考えている。
リンチの良さは説明描写がなさ過ぎてなんだかよくわからないけどこれは良いと言っておいたほうがいいんじゃないかと思わせるセンスと味にある。
この二人に共通するのは徹底した説明描写とセリフのカットにある。
セリフや説明描写はどうしても安直で安っぽく、こども向けな印象を与える。近年日本の映画産業はこぞって説明描写の多様で安価な映画が大量生産されている。これは日本の映画を見る人間が難解な作品よりもわかりやすいものに流れやすいということもあってだろう。
話は戻るがウィリアムユーバンクはこの二人の真似をしたくてたまらなかったんだろう。説明描写を省くところだけ真似してしまった。白で統一した隔離施設とか、防護服は宇宙服に見える。さかさまに見るとデイモンがノーマッドとかもろにシャイニングのレッドラムじゃないか。結果としていい素材を揃えたにもかかわらず、何が言いたいのかわからないという結果になってしまった。
良かったところとしては青春とSFを織り交ぜたところだろう。どこか昔の日本の漫画を思わせるような題材に愛着が湧く。主人公のラストも完全に大友克洋の『童夢』だったしね。
複雑な主人公たちの感情を感染というテーマとリンクさせ張りつめた緊張感を出していたのがよかった。
後は撮り方。近年のPVで多用されるスーパースローであったり、これでもかといったアップのカット
がため息の出るような美しさと若者の青春をよく映せていたと思う。キューブリックを真似した一転透視図法が8割ほどだったがB級にありがちなPOVはそこまでなかったので質が落ちなあかったのではないかと考える。
とにかくあまりにも謎が多すぎるためこじン的な考察を書き連ねる。
①腕に刻まれた"2,3,5,41"という数字
劇中ではタスト1だからエリア51なんだ!なんてセリフがあったのでそこは合点したが、この羅列に意味があるのではと思い検索してみたがはっきりとした答えは出ず。レセプターを介する細胞間の基本情報認識にシグナル伝達というものがありこれが近い気がした。あとは創世記の箇所と、EXEファイルのウイルスを防ぐためのファイル?とかいうよくわからないものもありもやもやはあまり晴れない。
②本当に通気口から話したのか?
この施設にはお友達はいなかったよというセリフ。結局なんで話せたのかわからなかったがお友達のほうも通気口にいるなんて...みたいなセリフからしてお互い気づいていないよう。無意識にテレパシーみたいな機能が備わっていたのか?
③マジ基地ババア
途中車で拾ってくれるキリスト教原理主義的ババア。デイモンに尋問され鼻血を垂らしながらバグる様子はこいつも主人公たちと同じように感染したのか?と思わせるが最後主人公たちは感染したんじゃないと知るので、このばあさんはなんだったのかという話になる。あの宇宙コロニーに用意された人間型アンドロイドか(でもそれなら撃ち殺す必要がない)、昔連れてこられた人間か、主人公たちのように移植されたが適応されなかった住人化のどちらかだろう。ほかの住人もあまり描写がなかったため、あいつらはいったいなんだったんだという話になる。
④牛のシーン
デイモンたちがチャンバーのようなスペースに牛を入れて何か実験をするシーンがある。おそらく主人公たちの能力を試しているのだろうが、椅子のようなものが飛んでくるだけで牛は無傷だし疑問しかない。どういう解釈をしても合点がいかない。
⑤彼女
彼女は何の能力を移植されたのか最後までわからない。背中にあるプラグの差込口みたいなものが確認できるくらいだ。でも最後までここから逃げなきゃみたいなセリフはないし、施設に連れ戻されるところから彼女だけはもう受け入れていたのかと思ってしまう。
ほかにも欲しい能力が手に入ったのかとか疑問は残るがあまりにも監督がカットしすぎたのでどうしようもない。
音楽と映像とローレンスフィッシュバーンのアンドロイド感は最高でした。
2015年5月17日日曜日
2015年4月23日木曜日
【映画】インヒアレントヴァイス
戦後世界は貧しさを極めており、とにかく経済回復が最善の策であった。
かつて日本の高度成長期がそうであったように、アメリカでも環境を省みず、経済成長だけを目指していた時期があった。1960年代後半から1970年代にかけ、生産性と利便性を追い求め、めまぐるしく経済が発展していく中で、大気汚染や廃棄物不法処理など、かつての負の遺産をなんとか償却しようと、様々な環境対策が進められている。
さらにはそこにベトナム戦争が入り混じることで政府は環境や平和なんて後回しという考え方になっていく。
それらに反発するようにヒッピーが台頭してきたし、貧しくて怒りが多い時代だからこそ芸術が華々しく栄えていった。映画で言うならばゴッドファーザーやスターウォーズ、タクシードライバーに燃えよドラゴン。音楽でいえばファンクやジャズ。ROCKに関しては黄金期と言われACDCにディープパープルやブラックサバスと今のロックの基礎になったバンドが多い。建築に関してはカリフォルニアストラクチャーが有名だし(その後の住宅バブル崩壊でその価値は一瞬ゼロになるが)、アンディウォーホル等アートも有名なものが多い。ファッションもカルチャーも70年代は最高に面白い時代だと思う。
あらすじ
ビーチ沿いにある私立探偵ドックの家に、昔の彼女のシャスタが今までとは違う身なりで現れ、今の彼氏(不動産業の大物ミッキー・ウルフマン)をはめようとしてる妻と愛人の相談に来る。叔母のリートに電話したドックは、ウルフマンがどれだけヤバイ人物かを知る。最新のプロジェクトが、低所得者層居住区での郊外型住宅地〈チャンネル・ヴュー・エステイツ〉の開発だとか。テレビをつけると、ロス市警ビョルンセン警部補がヒッピーの恰好をして〈チェンネル・ヴュー〉の宣伝をしていた。この刑事とドックとは腐れ縁で永年いびられてきた。
翌朝ドックは自分の事務所に行くと、タリク・カーリルという黒人過激派の男が待っていた。ム所仲間で白人極右集団〈アーリンアン・ブラザーフッド〉に所属するグレン・チャーロックの居所をつきとめてくれ、という依頼。ウルフマン身辺警備は、このバイカーギャングが当たっている
〈チェンネル・ヴュー〉の建設地に向かうドック。敷地内にある〈チック・プラネッツ〉のマッサージ嬢でアジア系のジェイドと話した後、奥へ進むとドックはいきなり何者かに殴られ失神した。気がつくとロス市警の〝ビッグフット〟ビョルンセンがいる。大袈裟なくらいの警察。隣には死体。死体はグレン・チャーロック。殺しの嫌疑をかけれらたドックは、弁護士ソンチョを呼び弁解する。ビョルンセンはドックから捜査のネタを仕入れられると踏んで彼を釈放する。
ドックの事務所に若い女から電話がある。会いにいくとホープ・ハーリンゲンというカリフォルニア・ブロンドの女性で、サクソフォン吹きで、ザ・ボーズのメンバーだった夫のコーイについて調べてくれとの依頼。ヘロイン禍で死んだことになっているが、どうも死んだとは思えないという。
ヤクをやりながら乳をやった娘の奇形具合を見たドックの反応が最高。
変装したドックがウルフマン邸を訪問。妻のスローンと不倫相手の筋肉もりもりの金髪男リッグズと話す。ミッキーのベッドルームのクローゼットを探る地、そこには自分の女たちの裸体を描き込んだネクタイが多数吊してあった。女中のルスに送られて外に出ると、ビョルンセン刑事もやってきていた。
ドックがいま付きあっている女性が地方検事補のペニー・キンボル。ランチに誘われ、オフィスまで送っていくとFBI捜査官のふたりが待っていた。ユダヤ人不動産業者ミッキーの失踪、黒人過激派と取り引きのあったグレンの抹殺、ヘロイン中毒者コーイの神隠しの一連の事件には、どうやらニクソン政権下の連邦の手も伸びているらしい。
司法省の船で調査してきたソンチョがドックの家にやってきて言うには、高級スクーナー船〈黄金の牙〉号が浮かんでいた海域から引き揚げられた陸軍のコンテナから、大量のドル札が発見された。それは「ニクソン」の顔が刷られた、北爆と同時にベトナムで捲かれたという代物である。夕刻、ペニーの家でドックがテレビを見ていると、右翼の団体である〈カリフォルニアの光る目〉の大会がニクソンが挨拶をして、それを口汚く野次るヒッピーの姿が大写しになる。ペニーはその男を検察への情報提供者〝チャッキー〟として認識するが、それはまさしく死んだはずのコーイ・ハーリゲンだった。当局はメディアとつるんで、ヒッピーの評判を貶める目的でコーイを利用していたのか。
因みに、数ヶ月前のシャロン・テート惨殺事件では、チャーリー・マンソンとビーチボーイズのメンバーに接近していたことが知られている。コーイもザ・ボーズのメンバー。ドックは、彼らの住む屋敷へ向かう。そこで鉢合わせしたジェイドに聞いてみると、案の状コーイがいて、サックスの練習をしたいた。
サンセットでプレイしているのいるコーイを見つけたドックは話し込んで真相を聞き出す。
〈黄金の牙〉は船の名でもあるが、歯科医ブラットノイドが、アジア系のザンドラを受付嬢にして営んでいる診療所の名でもある。ドックが訪ねていくと、昔家出事件を担当した富豪令嬢のジャポニカがやってくる。彼女はドクター・ブラットノイドが激しく熱を上げたお相手だったが、精神はかなり失調状態で、両親のきまぐれから〈クリスキロドン〉(ギリシャ語で「金の牙」の意)というニューエイジ風の施設に入れられた経歴を持つ。ドックはその施設へ向かう。そこにはコーイ・ハーリンゲンがいた。看守のひとりは、ここに収容されたミッキー・ウルフマンからもらったのだろう、シャスタのヌードを描いたネクタイをいじっていた
翌朝ドックは自分の事務所に行くと、タリク・カーリルという黒人過激派の男が待っていた。ム所仲間で白人極右集団〈アーリンアン・ブラザーフッド〉に所属するグレン・チャーロックの居所をつきとめてくれ、という依頼。ウルフマン身辺警備は、このバイカーギャングが当たっている
〈チェンネル・ヴュー〉の建設地に向かうドック。敷地内にある〈チック・プラネッツ〉のマッサージ嬢でアジア系のジェイドと話した後、奥へ進むとドックはいきなり何者かに殴られ失神した。気がつくとロス市警の〝ビッグフット〟ビョルンセンがいる。大袈裟なくらいの警察。隣には死体。死体はグレン・チャーロック。殺しの嫌疑をかけれらたドックは、弁護士ソンチョを呼び弁解する。ビョルンセンはドックから捜査のネタを仕入れられると踏んで彼を釈放する。
ドックの事務所に若い女から電話がある。会いにいくとホープ・ハーリンゲンというカリフォルニア・ブロンドの女性で、サクソフォン吹きで、ザ・ボーズのメンバーだった夫のコーイについて調べてくれとの依頼。ヘロイン禍で死んだことになっているが、どうも死んだとは思えないという。
ヤクをやりながら乳をやった娘の奇形具合を見たドックの反応が最高。
変装したドックがウルフマン邸を訪問。妻のスローンと不倫相手の筋肉もりもりの金髪男リッグズと話す。ミッキーのベッドルームのクローゼットを探る地、そこには自分の女たちの裸体を描き込んだネクタイが多数吊してあった。女中のルスに送られて外に出ると、ビョルンセン刑事もやってきていた。
ドックがいま付きあっている女性が地方検事補のペニー・キンボル。ランチに誘われ、オフィスまで送っていくとFBI捜査官のふたりが待っていた。ユダヤ人不動産業者ミッキーの失踪、黒人過激派と取り引きのあったグレンの抹殺、ヘロイン中毒者コーイの神隠しの一連の事件には、どうやらニクソン政権下の連邦の手も伸びているらしい。
司法省の船で調査してきたソンチョがドックの家にやってきて言うには、高級スクーナー船〈黄金の牙〉号が浮かんでいた海域から引き揚げられた陸軍のコンテナから、大量のドル札が発見された。それは「ニクソン」の顔が刷られた、北爆と同時にベトナムで捲かれたという代物である。夕刻、ペニーの家でドックがテレビを見ていると、右翼の団体である〈カリフォルニアの光る目〉の大会がニクソンが挨拶をして、それを口汚く野次るヒッピーの姿が大写しになる。ペニーはその男を検察への情報提供者〝チャッキー〟として認識するが、それはまさしく死んだはずのコーイ・ハーリゲンだった。当局はメディアとつるんで、ヒッピーの評判を貶める目的でコーイを利用していたのか。
因みに、数ヶ月前のシャロン・テート惨殺事件では、チャーリー・マンソンとビーチボーイズのメンバーに接近していたことが知られている。コーイもザ・ボーズのメンバー。ドックは、彼らの住む屋敷へ向かう。そこで鉢合わせしたジェイドに聞いてみると、案の状コーイがいて、サックスの練習をしたいた。
サンセットでプレイしているのいるコーイを見つけたドックは話し込んで真相を聞き出す。
〈黄金の牙〉は船の名でもあるが、歯科医ブラットノイドが、アジア系のザンドラを受付嬢にして営んでいる診療所の名でもある。ドックが訪ねていくと、昔家出事件を担当した富豪令嬢のジャポニカがやってくる。彼女はドクター・ブラットノイドが激しく熱を上げたお相手だったが、精神はかなり失調状態で、両親のきまぐれから〈クリスキロドン〉(ギリシャ語で「金の牙」の意)というニューエイジ風の施設に入れられた経歴を持つ。ドックはその施設へ向かう。そこにはコーイ・ハーリンゲンがいた。看守のひとりは、ここに収容されたミッキー・ウルフマンからもらったのだろう、シャスタのヌードを描いたネクタイをいじっていた
ドックは意味を求める煙たい捜査を始める
しかし明確な答えは出ない。
しかし明確な答えは出ない。
なんだよ、誰がどうなったのかよくわかんねえじゃん!そう思うだろう
我々はいつだって意味や結論、答えを求める。
今だって君は答えを求めてるだろう?
答えはもちろんある。しかしそれは煙の中だ。
我々はいつだって意味や結論、答えを求める。
今だって君は答えを求めてるだろう?
答えはもちろんある。しかしそれは煙の中だ。
そしてそれこそが不条理なのだ。
不条理な世界へようこそ。

具体的に言えばあの時代隠された事実は山のようにあった。暴かれたものはウォーターゲート事件くらいである。ケネディを暗殺した意図は?暗殺したのはフリーメイソン?月面着陸は嘘?あの映像を作ったのはキューブリック?なぜ不動産バブルがあそこまで加速したのか?UFOの存在を隠してる?黒人自衛団体ブラックパンサーをFBIはどうやって調べていたのか?謎は今になっても尽きることはない。
不条理だと感じたのなら監督の意図通りだ。あの時代、いやこの世は不条理で溢れかえっていて、俺たちの力じゃどうすることだってできない。葉っぱ燃やして、幻覚を見ることだけが現実を直視できる唯一の方法なのだ。
まずたまらんシーンが多すぎる。チョコバナナをなめなめするジョシュブローリンだったり、完全にスーパーマリオブラザーズなドックとソンチョのコンビ、アートでゆるいカリフォルニアを象徴するカット、キイチローパネケイク、最後の晩餐(ピザ)な反社会組織、、、
でも全体的に無駄が多いと感じたのはたしか。
不条理な世界へようこそ。
具体的に言えばあの時代隠された事実は山のようにあった。暴かれたものはウォーターゲート事件くらいである。ケネディを暗殺した意図は?暗殺したのはフリーメイソン?月面着陸は嘘?あの映像を作ったのはキューブリック?なぜ不動産バブルがあそこまで加速したのか?UFOの存在を隠してる?黒人自衛団体ブラックパンサーをFBIはどうやって調べていたのか?謎は今になっても尽きることはない。
不条理だと感じたのなら監督の意図通りだ。あの時代、いやこの世は不条理で溢れかえっていて、俺たちの力じゃどうすることだってできない。葉っぱ燃やして、幻覚を見ることだけが現実を直視できる唯一の方法なのだ。
まずたまらんシーンが多すぎる。チョコバナナをなめなめするジョシュブローリンだったり、完全にスーパーマリオブラザーズなドックとソンチョのコンビ、アートでゆるいカリフォルニアを象徴するカット、キイチローパネケイク、最後の晩餐(ピザ)な反社会組織、、、
でも全体的に無駄が多いと感じたのはたしか。
主人公の名前はドックなのだが(あだ名)what’s up Doc?というセリフは正直よく聞く。一番初めはスペースジャムでバックスバニーが発する“どったのセンセ”。あとは映画シャイニングで黒人の管理人がカートゥーンの真似をしたとき。あとはデトロイトヒップホップグループのサイプレスヒルの曲の中のサウンドエフェクト。おそらくどれもバックスバニーなのだろうけどちゃんとした元ネタが知りたいところだ。
見終わった後二日酔いのような、あるいはマリワナ後の胸焼けのような錯覚を味わうこと必須。
大衆にオススメはしない。
2015年4月11日土曜日
【映画】バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
ジャズ界の鬼才アントニオサンチェスのテクニカルなドラミングで映画は幕を開ける。
カーヴァーの一節を、ドラミングに合わせてパラパラとセンテンスを出していく。おしゃれだな、NY的、モダンだ、なんて思った瞬間、隕石のCG,そして海岸にあげられたクラゲたち。なんだこれは。
あらすじ
昔はバードマンなんてヒーロー映画で何億も稼いですっかり俳優面してきたリーガンおじさんが完全に自分プロデュースの演劇を始めるも周りはゴミッカスばかりで、自分は幻聴が使えるし(ほんとはただの厨二病)娘も愛人もわけわかんないし、なんて考えてたらだんだん周りも自分もわかんなくなってきてーズドン。な話。
バードマンはアカデミー賞作品賞を受賞した。イニャリトゥ監督の描く人間の葛藤とどん底は正直あまり好きではなかったが(21gではクソみたいな気分になり、バベルは飽きて寝てしまった)、どうやらバードマンは別らしい。ワンカットで繰り広げられる役者たちの演技のようで演技ではないリアルな叫びを、ブラックに、ユーモラスに、一瞬も気を抜けずに最後まで続き、完全にのめりこんでしまった。
撮影はゼログラビティのエマニュエルベルツキ。どうりでといった感じ。あの息苦しい長回しをさらに長くしたんだからさすがとしか言えない。ここでカットしてんだろうな〜なんてのをなんとなく感じるも基本的に全部繋がって見えるから相当な苦労をして撮ったのを感じ取れる。
全体としてキャストもテーマも安定していて間違いないと思う。
ただ日本の宣伝は相変わらずどうかと思う。金しか見えてない何とも胡散臭いPVで、お前は本当にバードマンを見た上でこの予告を作ってんのか?と問いたくなる。なぜならバードマンは安直な金稼ぎのエンターテイメントに今一度疑問を投げかけるメタフィクション的(直接言わずにあえてフィクションにして客観性を出している)ブラックコメディだからだ。
おそらく今後多くの人がレビューするだろうし誰が見ても分かる部分は割愛して自分なりの考察を述べたい。
1クラゲ
まず冒頭にフラッシュバックのようなサブリミナルのような短く映し出されたクラゲについて考える。
誰だかのレビューでバードはクラゲを食べます。だからいわばそういう意味ですとかいうわけ分からんことを言っていたが、
jélly・fìsh
[名](複~, ~・es)
1 《動物》腔こう腸動物;クラゲ.
2 ((略式))煮えきらない人, いくじなし, 根性なし.
まあ2でしょう。Fishが胡散臭いとかlemonがセコハン(中古)とか英語は結構違う意味が多いので覚えるとこういう時役に立つ。
別の意味を考えてみる。
一つは妻に語るシーンでクラゲが体中にまとわりつき痛くて転げまわったら赤くはれたけど日に焼けたと嘘をついたというシーン(エドワードノートン扮するマイクは能動的に日焼けマシーンで日焼けしている)からすると、クラゲは自分にまとわりつくプライドやレッテル、偏見、凝り固まった考えなのかとも取れる。
二つ目は冒頭、隕石が落ちてくる。なんでこのタイミングで隕石が?途中サムが薬物依存から抜け出すために通っていた学校でやっていたトイレットペーパーに地球の歴史を書き出すというシーンがある(マリファナをして怒鳴り散らした時もやっていた)。クラゲは太古の昔から生きている。キチガイホームレスが時間について説教をしている。ドラミングもどこか太鼓を現すイメージだ。
これらを前提に、なぜイニャリトゥがこのシーンを混ぜたかったのか?と考える。万物は太古の昔から生きていて偉大であるのに我々はなぜいつまでもくだらないことで葛藤し死のうとしているのか?なんてスケールのでかい話とも取れる。あるいは自分は神だなんて言い出すリーガンをちっぽけに見せるエッセンスとも取れるし、あるいは変化に適応しないリーガン(周りの人、所謂サムはSNSを使っているし、マイクは変化を楽しんでいる)を進化しない生物として絶滅を表すというシークエンスなのかとも考える。これについては多くの意見があるだろう。
2超人(鳥人)
途中空を飛んだりものを超能力で動かしたりするのは、途中のタクシー運転手のセリフで分かるように自身の妄想だと分かる。(なぜか超能力が使える&幻聴が聞こえるのが絶対に日中なのは何か理由が?)
ただそのバードマンの幻聴はどういった意図があるのか。
おそらくバードマンは素直な自分なのだろう。凝り固まったプライドと偏見で(twitterやらないとかカーヴァーなんて古臭いものにこだわるとかいかにもおじさんらしい)視野が狭くなってるおっさんがバードマンの意見を無視し続けたが、いざ自分に素直になってみたら意外とことがうまく進んだなんて意味が含まれてるんじゃないかと読み取る。だから最後鼻を吹き飛ばしたリーガン自身がバードマンになっていて、便所にいたバードマンはなにも言わなかったのでは?と考える。

3ラストシーン
病室から飛び降りたリーガンはどうなったのか?サムはなぜ上を見て微笑んでいたのか?これは見る人によって様々な解釈ができると思うが、自分なりにいくつか考えてみた。
Ⅰ.本当に飛び降りていて(救急車の音が聞こえる)リーガンは死んだ。サムは薬物依存で同じく 幻覚が見えているor現実逃避した
Ⅱ.リーガンはバードマンになり本当に宙に浮いてしまった
Ⅲ.実は銃で撃った時にすでに死んでいて(テレビの映像が回復を祈っているというよりは死を悼んでいる点、評論家がべた褒めしている点)、病室のシーンはリーガンの想像、理想であったという考え
Ⅳ.宙に浮いてるかのように見せたのは意訳的な表現で、またみんなが見上げるような(リーガンが見下げるような)存在に戻ったという考え
どれが間違いとかはおそらくないが好きな解釈ができるラストだったと思う。
4まやかし
最後壇上にいるはずのない路上アーティストやマーチングバンドがスローモーションで映される。あの時うつっているのはみんなエンターテイナーであり、人々を楽しませる人間たちだ。リアル主義のマイクやリーガンも、プライドのないナオミワッツ(役名を忘れた)もそう。みんなまやかしである。だからなんだって話だが、おそらく舞台裏と劇場でガラッと顔が変わったりみんな裏では全然きらびやかじゃなく、あの壇上で繰り広げられてる時間だけがきらびやかでそれはまやかしだよっていみなのでは。ナオミワッツといえばリンチのマルホランドドライブがまさにこれなわけだが、泣き女が泣きわめき、メキシコ人のトランペット奏者が録音のショウを終えると胡散臭い支配人がこれはまやかしですと言って、ナオミワッツの理想(妄想)が崩れ現実にたたき戻される。あるいは同じくリンチのインランドエンパイアでは、映画と現実がごっちゃになって、意味不明な展開になる。バードマンの世界に面白さを見いだせたのであればぜひこの二作品を見ることをお勧めする。ちなみにナオミワッツはマルホランドでもレズビアンになる。

パンツ一丁でNYを歩くマイケルキートンはすごくアイコニックで痺れたし、怒鳴り散らすエマストーンのおぞましい剣幕とか、エドワードノートンのイラっとする自信家っぷりなんてのも一見の価値があるし、全体を通してとてもよく構成された映画である。ティムバートン版バットマンをやって一度は有名になったものの、そっからあんまり目立った作品がなかったマイケルキートンも、インクレディブルハルクやってアベンジャーズは降ろされたエドワードノートンも、アメスパでヒロインやるもあんま目立たなかったエマストーンも、仕事を選ばないで定評あるナオミワッツも、それぞれがリアルで抱えてる悩みとかうっぷんとか葛藤を全部ぶちまける感じが、ドラミングが如くガンガン伝わってきて、俳優って大変だろうけどいいなあなんておもったりしましたまる。
2015年2月25日水曜日
【映画】アメリカンスナイパー
クリントイーストウッドおじいちゃんはいつもPTSDについて多くを語る。
それはアメリカが戦う国だからなのか、イーストウッドが共和党寄りのアメリカ人だからなのかは分からない。戦争から帰還した英雄と呼ばれた兵士たちの栄光と闇を描いた”父親たちの星条旗”を始めとし、映画”グラントリノ”では戦争の傷から周囲と距離を置いていた老人が最後の贖罪をする話である。イーストウッド自身、古くは西部劇から現代に至るまで銃を握り(映画内で)、やれるもんならやってみろ(Go ahead,make my day)なんてハードボイルドなセリフを吐いてた人間だから、バイオレンスと精神については人一倍熟考している事だろう。映画許されざる者(1992)でイーストウッドが吐く「人を殺すってことは大変な事なんだよ」というワンフレーズに深い意味を感じてしまう。
大概、戦争は侵略される側と侵略する側によって生じる。そして歴史から見て大概が侵略する側の敗北によって終わる。
アメリカンスナイパーの基であるイラク戦争も、アメリカの被害妄想と石油欲しさによる傲慢さが生んだムダな戦争であった。大量破壊兵器が存在すると勝手に決めつけ、ブッシュジュニアは周りに翻弄されるがままにイラクに兵を進行させ、5000人以上のアメリカ兵を殺した。
結果的に大量破壊兵器など存在せず、9.11との関連性も見られなかった。
おそらくなんの歴史的な知識も無ければ、年に数回しか映画を観ない大多数の人間からすればアメリカンスナイパーは「一人の兵士が活躍した映画」、あるいは「戦争はよろしくない」と捉えて終わるだろう。それでも構わない。ただ、映画は一つ一つのシーンに意味があって編集されている。戦争賛美の映画であればPTSDの患者は映さないだろうし、家族とのしがらみもカットするだろう。如何なる戦争であれ両者は傷つき、またその傷は死ぬまで癒えない。戦争によって死なないで済んだとしても、苦しみを背負っている人間がどちらの側にも大勢いる。たとえば敵のスナイパーにも妻子がいたように。
最後、クリスカイルを讃えてハイウェイをパトカーが大名奉行みたいに列をなして行進する実際の映像が流れる。豪華なもので路上には星条旗を掲げるアメリカ人やおそらく戦争で足を失った車いすの兵士が旗を振る。どうもそれはイーストウッドによる、戦争で人を殺した人間をこんなに讃えるのはおかしい事ではないか?と提示しているように見えた。異常な光景だと思うのは自分だけだろうか。
またその後にのしかかる息苦しいまでの沈黙のエンドロールが、何も定義せず、あとはお前らの判断に委ねると言わんばかりに投げかけられる。この兵士をたたえるか戦争をする国アメリカをどうすべきか、考えろと。あのエンドロールで退出するようではまた同じように物事に対して他人事の人生を送るだけである。あの沈黙の中、今一度考えるべきだ。我々が今直面しつつある戦争について。もはやISISと接触した以上他人事とは言えない。
映画のテーマであり、戦争の見えない傷である心的外傷後ストレス障害(以降PTSD)は近年その病名がつけられたものの、古くから存在していた。第一次世界大戦後帰還兵がまともな職に就けず犯罪を犯した事実があるし、多くが自殺した。イラクの帰還兵の2割がPTSDに苦しみ、また多くが殺人や強盗など正常な判断が出来なくなっていたという。多くの被害者は妻だと聞く。
またPTSDだけでなく四肢が欠損したりシェルショックによって手足が痙攣してしまいまともに仕事できない人間も多くいた。
映画ファーナスでもイラクの帰還兵である弟はまともな職を得られずファイトクラブのような賭けボクシングで暮らしていた。
ジェイクギレンホールの名演技が光ったマイブラザーでも帰還したトビーマグワイヤが今までと全く違う人間になってしまうという恐ろしさを描いていた。
映画自体は非常に良かった。多くの人が見て何かを感じ取るべきだし、大作だと感じた。
ただ感情移入できなかったというのが本音である。それはおそらく自分が戦場に言ってないからかもしれないしあるいは嗜好が偏ってるからかもしれない。
もっとPTSDの症状を激しめに描いたりどんな苦悩があるのかを強く描いてほしかった。
ただこれはリアリティを追及しているものだしそこを強くしてしまえばそれはもはやフィクションとなり人々の心には響かなくなってしまうから難しいところだが。
戦争の傷は目に見えるものよりも見えないものの方が多い。戦争は最大のビジネスとはいうが、うまい話にはリスクが付き物だ。
タイトルをアメリカンスナイパーにしたのはあくまでこれはアメリカ側の話であってイラクスナイパーも同じことが言えるよってことか。
【映画】エクソダス 神と王
150億もの莫大なバジェットと二か月半という短期間でリドリー御大はまたしても尋常じゃない作品をこさえた。昨今イスラエルイラク周辺での問題が目立つが、その混乱の大本にある旧約聖書から二つ目にあたる出エジプト記をテーマに今作エクソダスを作り上げた。
莫大な金と最新技術を練りこんだ今作はおびただしい数のスタッフとともに作り上げられ世に放たれた。
しかしどうだろう。金をかければすごいものは作れるがそれは安直なものになってしまった。
イントゥザストームとやってることは同じである。人間が災害に否応なしに巻き込まれその迫力に圧倒されるだけだ。
また白人がエジプト人を演じるのも無理がある。テルマエロマエと同じ批判を受けてしまっていた。
唯一良かったとすればその天災の金かかってる感と冒頭の戦争シーンか。
歴史的に作る意義があったといえばフォローになるだろうか。
【映画】ブルーリベンジ
主人公の男は青いセダンに暮らすホームレスである。冒頭数分は全くセリフが無く、孤独な主人公を静かに描く。
ある朝車で寝ていると顔見知りの警官が窓を叩く。主人公の両親を殺した犯人が出所するのだ。
この日を待ち望んていたと言わんばかりに主人公は準備をしだす。この辺りまでで約20分。腕のいい殺し屋なのかと思いきや…
ズボラ過ぎる。
見ていてイライラするほど容量が悪く、ダメダメなのだ。ただ、それが逆に我々観客を映画に引き込ませる。ほら早くしないと敵が!とか後ろ!後ろ!みたいなおっちょこちょいで見てらんない感。
膝に受けた矢を抜くシーンなんかはかなり笑える。薬局で抜くためのアイテムを揃え、さあ抜くぞってことで抜こうとするが痛すぎて病院に駆け込む。
まあでも普通の素人が殺しをやるとなったらこんぐらい手際が悪いよなと納得もしてしまう。気付いたら我々は感情移入しているのだ。
全編通してセリフはかなり少ない。無駄を省き、間を大切にし、静かに事が進んでいく様は、まるでコーエン兄弟の名作ノーカントリーに近い。
そしてなんだろう、アメリカの田舎町のおぞましさは。彼らによってアメリカの田舎町に行くことがどんどん億劫になっていく。ファーナスでもそうだったが、アメリカの田舎町というどこか土着性のある趣深い画が次に何が起きるのか予測ができず期待させる。日本ではそれはないが。
ポストコーエン兄弟と言われるだけあって、画面に引き込むやり方はうまい。
またレフン監督の息吹もなんとなく感じた。口数は少なくとも煮えたぎる思いだったり、シーンを絵画のように、バランスのとれた撮り方をするあたりはドライヴ好きにもたまらないだろう。インディペンデント感は少なからずあるが、それはこれから洗練していけばいい。90分という短時間かつシンプルなストーリーで、ここまで面白さを出せるのは今後にかなり期待できる。
終始緊迫感と重苦しさに溢れているものの爽快感を味わえる、なんとも不思議な体験はこれからさらに他の作品でも味わいたいと感じる程だった
最後の最後にヴァージニアからの手紙が配達される描写もいい。血で血を洗う復讐劇の本当の終わりを表すようで。
2015年2月19日木曜日
【映画】フォックスキャッチャー
マザコンかつ自分の思うがままに事を進めてきたスペック主義の不気味な鼻の御曹司と、周りに流されやすいタイプのパワー系筋肉ゴリラ(弟)と男性ホルモンに溢れてるテクニック系髭ラファロ(兄)の話。アメリカは強いという何かにしがみついていた今から30年前に、男たちがそれぞれ欠損した何かをカバーしあう話。
ロサンゼルス五輪で金メダルを取っても、子供達に講演して20ドル貰って(今よりは貨幣価値が高いだろうが)、安い車の中でジャンクフードに貪り付き、家に帰ってもゲームボーイして粗末な生活を過ごし、ソウル五輪に備えぼろいトレーニング場で熱心にトレーニングを重ねる主人公マーク。当時のレスラーはプロになる事は許されず、アマとプロの世界は完全に分かれており、また仕事もコーチぐらいしかないらしく、かなり苦しかったらしい。だがここまで扱いがひどいのは正直驚いた。
一方で兄デイヴは家族を持、ち田舎でコーチをやるなんていう安定した未来を持ち、また技術面でも弟より勝っていた。
自分は兄弟が居ないからその感覚は分からないが、兄弟間の妬み嫉妬は必ずやあるだろう。古くは旧約聖書にもあるように、カインとアベルは妬みが原因で人類で初めて殺人を犯した兄弟とされている。
そんな兄への妬みもあり、弟マークは突然舞い込んだビックビジネスに飛びつく。その胡散臭には何かしら気づいているようではあったが(世話人のよそよそしさなど)、金が入るなら構わないといった態度でデュポンの囲いに捕らわれる。
アメリカの三大財閥であるデュポン家の御曹司、ジョンデュポンは、母から強制されていた馬を嫌い一方でレスリングを愛した。ただそれは母には認められず、自身もレスリングを出来なかったことから、マークを金で所有してコーチという形で金メダルを取り、名目としては愛国心から強いアメリカを体現するとしていたが、結局は自己満足と母に認められるという二つの目標達成がメインであった。レスリングで金メダルを取り、野蛮な種目ではないとアピールする為に。
この三人に共通するのはそれぞれが欠損しているということ、また欠損している部分を補い合っているということだ。マークは両親の愛を受けず兄デイヴに頼って生きていた。だからこそ兄からの脱却、自立。兄デイヴは弟への無条件の愛を送りながらも弟から頼られたいという思い。デュポンは母に認められる為に金メダルの達成。このそれぞれの求めるものが合致すると思われたが、そのピースの形は当てはまらなかった。
フォックスキャッチャーというタイトルの意味を考える。フォックスキャッチャーとは貴族が楽しむキツネ狩りのことだ。映画の冒頭でも荘厳なBGMと一緒に白黒のキツネ狩りの様子が映し出されていたが、その写真を見ると分かるように、馬に乗った貴族は何もしない。キツネを負うのは猟犬であり、キツネを狩るのは猟犬なのだ。そして狩った狐は貴族のものとなる。
この映画はいわばそういうことだ。大富豪の坊ちゃんが金メダルというキツネを二匹のムキムキの猟犬に狩らせる。
嫌な仕事を他者に任せるのはアメリカ人の気質なのだろうか。古くは大英帝国からプロテスタント達がアメリカ大陸に渡ってきて、アフリカ人にキツイ労働をさせた。カルタゴ人が自分たちの戦争のために傭兵を雇ったように、金さえあれば嫌な仕事を任せがちな所がある。だからこそWASPの城は今や崩れつつあるのかもしれない。
今でこそメキシコ人の労働者は多い。アメリカに旅すれば分かるが、トイレ清掃や工事現場など人が嫌がる仕事は基本的に白人がしている事はまず無い。
この映画のほとんどは静かでストレスなくらいの緊張感と重々しさである。なんで金を払ってそんなことをしなきゃいけないんだと思うかもしれないが、火薬とおっぱいばっかの脳筋映画を見つづけるとそういう人間になってしまう。
その今にも切れそうなピアノ線が如し緊張感を保っているのが、スティーブカレル演じるデュポンである。彼は生まれつき金があったために自身の欲求だけを満たし、自分のドキュメンタリーを作ってしまうようなクズだ。しかもめんどくさいことにひどく愛国者で、ミリタリーおたくという危なっかしい男である。
アメリカ人の血なのか内在するイデオロギーなのかはわからないが、レスリングやアメリカンフットボールのようなアメリカ発のスポーツを見ていると日本とは違う猛々しさを感じてしまう。それはおそらくアメリカ人が日本人のような農耕民族ではなく狩猟民族であり、それが未だ血にまじっているのだろう。
正直全編通して重々しい雰囲気が立ち込め、あまりすっきりしないラスト(間違った形のアメリカのヒーロー)を迎えもう一度みたいとはあまり思わないのだが、不思議と違う役者だったらどう演技するのだろうだとか、実際はどんな事件だったのかなど気になってしまうあたり、私は無意識にこの映画の虜になっているのかもしれない。
試合直前の体力測定で5ポンドオーバーしてしまったマークが兄とともにがむしゃらで減量するシーンはジム欲倍増間違いなし。
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