映画において導入部分はその映画全体の評価する重要なエッセンスだ。実際、総合的に見て映画はつまらなかったとしても、シーンの印象として強力に頭に残っているものはいくつもある。導入部分の高まりが強ければそれだけ後のシーンに与える影響は大きくなる気がする。ダークナイトの銀行強盗、ドーンオブザデッドの住宅街パニック、ドラゴンタトゥーのCG、ウォッチメンのPV的シーンなど、それだけで十分価値がある導入は多い。逆にユージュアルサスペクツなどは世間的な評価は高いが導入がつまらなくて自分は好きではない。

導入のシーンの良さはもちろんのことだが、序盤の強盗のシーンの緊迫感もPOVを駆使してリアリティを追及しており見ごたえがある。荷台でゲロ吐くとこなんかはかなりリアルでいいし、今までにこういった描写はあまりなかった。実際あんな緊迫した状況から解放されたら吐くこと間違いなし。
息子が洗礼を受けることや、収入豊かな黒人男性(白人ではなく黒人であることも重要)により自分の息子が自分の思うようにいかないことに怒り、ゴズリングが怒り狂い森を駆け抜けるシーンがある。いわゆるはぐれ者のゴズリングと違って、息子は常道に強制的に進まされている。ゴズリングはアイスを食べさせてバイクに乗らせたいのに、その願いはかなわないかと思われた。しかし血は嘘をつかない。どんなに強制されようが息子は同じようにバイクにまたがる。その輪廻の宿命に心打たれる。同じ坂道を二人が駆け抜けるシーンは印象に残る。

タイトルのプレイスビヨンドザパインズ。松林の向こう側という意味だがここにおいて何を意味するか。
まっすぐだけど不器用な空回りしちゃうワルと、まじめで実直に生きてきたが正義だと思ってたものが汚職にまみれたごみ溜めだったことで葛藤する男と、その血を受け継いだ二人の子。出会うこと、ライフスタイルは宿命であり、生きる上でのそれぞれの課題は受け継がれ螺旋は死んでも続く。それぞれ課題は違ってある。しかしその先には何が待ち受けているのか?アメリカ北部の松林が生い茂る地帯。最後、デインデハーンは500ドルでホンダのバイクを買い取り、父のように無口に去ってゆく。その先にあるものは?もはや復讐ではなかろう。一度も見たことのない父のように、バイクを家族として生業としていくのだろうか。そんな意味を含めたタイトルだと思う。
アメリカのイヤーな部分と人間の本質的な性と螺旋を描いた名作。
序盤がぎっしりしているだけに最終章のパンチが欠けるのは非常に残念だ。
余談だがアメリカの若者の性事情。ゴズリンが子供ができちゃってたように日本よりできちゃった系が多い。そのため若者は妊娠を避けるためア*ル*セッ*スが多い。結果的にエイズ感染者もめっちゃ多い。
あと15年たってんのにブラッドリークーパー変わらなすぎ。
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