2012年11月19日月曜日

【映画】アンチクライスト




賛否両論あった作品。完成披露試写会の時はスタンディングオベーションとブーイングが同時に沸き起こったらしい。果たして私はどちらのサイドか。

セックスの最中に幼いこどもを亡くした夫婦は哀しみにくれるが、夫のセラピストは悲嘆から抜け出せない妻を治療しようとする。様々な心理療法を試し、結果妻の不安の源は「エデン」についての妄想にあり、前年、論文執筆のために妻が訪れた山小屋に夫婦でいく。そこで夫は、虐殺の歴史を研究していた妻が人の心の中の悪に魅了されて抜け出せなくなっていたことに気づく。

この映画は
悲観
苦痛
絶望
の三章に別れておりまるでオペラのようだ。
タイトルが物語る通りにキリストに関する事項があくまで暗示として隠されており、非常に複雑である。
妻が語る恐れる場所Woodsの中にあるフィールド"エデン"。
これはいうまでもなく現代におけるアダムとイヴの試練を映した映画であるといえる。
心理療法の最中に示したエデンの小屋は本当に存在した。
恐ろしげな小屋はまるで今にもチェーンソーを持った男が人の皮を被って出て来そうだが幸いここには何もない。
道中鹿を見かける。鹿の尻には流産した子鹿がだらりとぶら下がっていた。まるで子供を亡くした男を小馬鹿にするかのように。
苦痛の章ではキツネが自分の身体を食っているところに遭遇する。これは苦悩に苦しみ自らの身体を自責する罪を象徴している。
絶望の章では埋められていたカラスが泣きわめく。結果夫は妻に見つかり殺されかける。
この三匹の使いが果たしてキリスト教におけるどの役割を果たすのか考えたが、キリスト教で言う三人といえばまず東方からの三賢人が思い浮かぶ。没薬と乳香と黄金を持ってイエスの誕生を祝し警告をする者だ。しかし劇中における三匹はとても賢人というイメージではないし逆に考えれば妻が悪魔であり、それを祝す三賢人なのかもしれない。
また妻は夫を生贄に捧げようとする。魔女が行う崇拝のやり方だ。妻はジェノサイド研究をしており、フェミニストでもあった。よって後半における妻とはもはや完全なる魔女に化けていたのだろう。

カメラワークは非常にいい。会話の途中で森林を映したり絶妙なスローモーションがとても芸術的だ。ぼかし効果もミニシネマ的でよろしい。

問題は話が壊滅的につまらない。あぁそうですかといったところ。おまけにバイオレンス表現が異常にリアルである。ラストの首を絞めるシーンは数多くのスプラッタを見てきた私でも不快であった。
言いたい事はわかる。キリスト教史批判であったり現代精神分析が招きうる問題への警告であったり。
これは大衆文化的映画ではなく実験的なものだと思えば幾分傷は和らぐのだが。

4/10点中

2012年11月18日日曜日

【映画】シャイニング

スティーブンキングの名作をキューブリックが監督しジャックニコルソンが演じるというそれだけですでに恐ろしい(資金的に)映画。

実際AFIが選ぶ究極のホラー映画に選ばれた。
山奥の豪華なホテル。冬季期間中ここの管理人を任された主人公は小説を書くのに絶好の機会だと思い家族と共にこの悪魔城にやってくる。
閉鎖的な空間とそこに住まう地縛霊的な何かなのか邪気にやられ主人公は気が狂い家族を殺そうとする。。。

シャイニングと言えば一番有名なのは斧でドアに切り込みを入れそこから顔を出すシーンがあまりにも有名だ。
実際一番怖いのはあそこではない。キューブリック独自の理解するのに苦労する表現だ。エレベーターが開くと大量の血が流れ出て来たり、双子の女の子の霊が佇んでいたり無機質な聴覚班が存在する。
アメリカのホラーと言えばグロテスクな特殊メイクか血の惨劇、もしくはハンディカムを使ったリアリティ溢れる感じに撮ったものが主流であるがシャイニングを見返すとそれらはすべてまやかしであり、大衆化したホラー映画作成の真の恐ろしさを味わう事となる。
人間の内なる恐怖と霊的な恐ろしさ、何者か分からない不気味さを兼ね備えた今作は究極のホラーと言える。
劇中でジャックニコルソンの気が狂いタイプしまくる"All works and no play makes me a dull"は私が大好きな言い回し。
9.5/10

【映画】パッション



イエスキリストの生涯をメルギブソンが監督。美しくキリスト教信仰をさらに濃くするようなものではなく、極めて冷静に客観的に出来事を記録している。映画公開当初アメリカの神父がこの映画を観て亡くなったのは有名だ。

なぜこの映画が賛否両論を呼ぶか?なぜならとにかく非人道的であるから。サタニックなブラックメタラーであれば泣いて喜ぶようなおぞましい内容である。
まずイエスキリストの拷問のシーンが凄まじい。痛みがこっちまで伝わってくる。磔のシーンなど黒い太陽731と張れるレベルである。下手なグロテスクを露骨に出すようなsawなんかと比べればよっぽど見るに耐えない。
途中退席した人が数多くいるというのだから、客の心に強く響いたという点ですごい映画なのかもしれない

5/10点

【映画】ドラゴンタトゥーの女




デヴィッドフィンチャーによるミレニアムのリメイク?というよりUS版というべきか。ファニーゲームUSAみたいな立ち位置。
ミレニアムが絶賛されただけあって果たしてフィンチャーの方はいかに?と期待していた。結果個人的にはどちらも素晴らしいものであったと言える。
フィンチャー作のドラゴンタトゥーはダニエルグレイグとルーニーマーラを起用した事により007臭がしないか不安であったがダニエルクレイグがありがたくも期待を裏切ってくれ(?)なんとも頼りない女癖の悪いおじさんを演じ切った。
一方でルーニーマーラといえば美しい才女というイメージだったが見事にアングラ感満載のサイバーテクノ好きそうなレズビアン天才ハッカーを演じ切った。
この話は弾丸が飛び交うようなプラトニックストーリーでもないし現行して殺人が起きる話でもない。わかりやすくいえば30年前の草津温泉湯けむり殺人事件を追え!みたいなもんだ。なので求められるのは完全にキャストの演技力と原作をいかにリアリティを出しながらも興味をそそる内容にするかが肝である。
事実デヴィッドフィンチャーはそれをうまくやり遂げたわけだが。
長らくお茶の間でせんべいと共に犯人探しをしている我々にとってこの手の殺人事件の犯人探しは容易だ。犯人は登場した瞬間分かった。てか犯人ヅラしすぎ。
多分犯人が誰かは問題ではなく過程に重きを置いたのだろう。
批判するならばお色気が品がない。アングラ感満載のルーニーマーラだから仕方がないのかもしやないがモザイクを入れるのはどうかと思う。正直あそこでは笑えた。全体を通して暗い話だからあそこでモザイクを入れる事によって笑をとるつもりだったのかもしれない。そうだとすれば彼は究極のコメディアンである。

8/10点中

【映画】冷たい熱帯魚


園子温監督はどうやら自分の妻が他人と性交するのを見て興奮するタイプの人間らしい。園子温作品を結構見てきたし他の映画で神楽坂恵を観たが性交しすぎである。
正直それくらいしかこの映画は記憶にない。大元となった事件は興味があったので内容はなかなか良かったがとにかくいちいち交尾させるのが良く分からない。死体を解体する廃屋にマリア像やらろうそくが沢山あるあたり、社本がだんだん悪魔に変わって行く事を暗示しているのだというのは大体わかった。交尾しまくるあたりもベリアルだかルシファーにでもなってんだろうなとは思った。しかし隠喩が隠せてないという致命的な事態。もはやここまでくるとこれは園子温だからと開き直って見るべきなのかもしれないがもっと賢いやり方があるんじゃないか?
本当狂うとかセックスとかアンダーグラウンド好きだよな。
でんでんの演技力は非常によかった

【映画】悪の教典

生まれつき人の痛みや感情を理解する能力の劣っていた主人公蓮見はシワの多いハイレベルな脳を持ちながら行く先々で気に食わぬ人間を殺していく。
教師になった今、生徒や周りの人間からは明るくスマートで面倒見のいい教師のイメージを植え付けていた。
しかしある事を皮切りにだんだんとボロが出て行き、自分の本性がバレかける。結果蓮見は文化祭の夜、自分のクラスの生徒全員を殺す決意をする。

貴志祐介の原作を読んだ時の私のイメージでは主人公蓮見誠司は谷原章介が適役だったので伊藤英明のチョイスは正直謎だったが、観た後思えばそんなに配役については気にはならなかった。ただあまりに表情が変わらなすぎて猟奇性はあまり感じられず。
他の面々は今絶頂期のヒミズの二人。サイコジャパニーズサスペンス御用達の吹越満。冷たい熱帯魚ではだんだんと悪魔に変わっていく社本の役を熱演。あとはチョイ役で山田孝之などなど。

そして相変わらず三池監督は血糊と塩化ビニールが好きなようで、後半はディズニーシーのパレードばりに血が吹き出していた。彼なりのジョークなのだろう。もはやあそこまでいくとグロテスクという概念はなく寧ろ清々しい。三池芸能というべきか。
13人の刺客ではゴローちゃんの生首が便所にゴールインするという痛快なラストを観れたので今回はどんな終わり方をするのかと思いきや、序盤に出てきたカラスが生存者二人と照らし合わせるなんぞなんともらしからぬ終わり方をする。
なんなら伊藤英明が猟銃自殺、吹き飛んだのどちんこが水道にホールインワンするなどというバタリアン的ジョークを組み込んで欲しかったが。

まぁ感想としては単調に話が進んで行き特に隠されたメッセージなどもなく淡白な映画だった。真っ赤だけど。
一番笑えたのはエンドロールでいきなり見当違いなEXILEが流れだして椅子から転げ落ちた事ですな。劇場にいらっしゃっていた客層が若いカップルばかりで驚いた。あんな血のオンパレード見てからラブホテル何ぞ行っても殺されるんじゃないかという焦燥感しか湧き起こらずたいして盛り上がらないのでは?果てはそれに興奮するサブカルカップルだったか。いずれにせよ隣が某お笑い芸人だったために最後にダメ出しした時はカップルはクソだと痛感した。
6点/10点中

2012年11月5日月曜日

【映画】最強のふたり

もともとミニシネマであったものの好評により全国的に公開されたフランス産の最強のふたりを鑑賞。
遺産は大量にあるもののパラグライダーの事故により首から下が半身不随となってしまった資産家がスラムの青年を介護に雇い第二の人生を歩む話。
映画は全体的に焦る様子もなく穏やかでスムースに回想や幻想もなく話が進む。それはとても心地よく観ていて楽だ。
話は一貫してシニカルな相対主義をとっている。若く自由の身ではあるが金はなく家族は貧しく深夜にたむろするくらいしかやることがないドリス。一方で金も住処も保障されているが首から上の娯楽だけのフィリップ
お互いの共通点といえばこのくそみたいな人生と社会からの離脱だ。人間は弱い。コーヒーが飲みたいと思えばコーヒーを飲み飲み終われば今度はマフィンが食べたくなる。そして眠くなり....zzz
体があればどこかに行こうという欲が湧き、金があれば何かを買おうとリンクする。この映画の魂胆にはあるべきものに感謝せよということなのだろうか。

しかし劇中でドリスとフィリップはとても満たされている。お互いの足りない部分をカバーし、お互いの知らなかったことを経験する。そしてあんな不良をなぜ雇ったという知人の問いかけに対し、彼だけが私を対等に扱うと。
介護のあるべき姿とはこういうことなんだと思う。現状としては自分より劣った人間が不平不満を言えば当然腹が立つ。結果介護者によるいじめが蔓延している。ドリスはフィリップを障害者だと思っていない。投げ返してこいと雪の球を投げつけたり新しい友達くらいにしか思ってない。これが介護のあるべき姿である。

心から笑える箇所がたくさんあり、初めて劇場で声を出して笑ってしまった。感覚のない足にお湯をかけてみたりフィリップのひげで遊んでみたり。まるでその場に一緒にいて笑っているかのように錯覚させる撮り方も素晴らしい。


この映画を見てゾンビ映画ばかりとりこんでいたカビだらけの脳がすっかり浄化された。死ぬことを恐れて生きるのではなく目先のことを楽しもう。生きる活力となるそんな映画。

9/10点中