2014年6月18日水曜日

【映画】ディス/コネクト

SNS上で起こった事件をきっかけに、心の絆を取り戻そうとする人々の姿をサスペンスフルに描いた群像ドラマ。ある少年が、SNS上での嫌がらせを原因に自殺未遂を起こす。しかし、仕事ばかりで家庭を顧みなかった父親は、息子がなぜ自殺を図ったのかがわからない。一方、嫌がらせをしていた少年は、元刑事の厳格な父との父子家庭で、父親は威厳を示すことで愛情を伝えようとしていたが、少年はそんな父から愛情を感じるとることができなかった。互いの気持ちを知らずにいた2組の親子を中心に、つながりを求めてネット上をさまよう人々が、事件をきっかけに再び絆を取り戻そうとする姿を描く。


それは拡散される
多くの人と共有できる
なかったことにできる
本当に言いたいことを言える
気づかなかったことに気づける
未知の世界を知れる

現代に広まるインターネット、SNS。

それらを批判だけでなく、いい側面も捉えながら様々な形で人々の時間と複雑に交差しながら最終的に集結していく。

利便化が進み、我々の肌で感じる対面の時間は大いに減った。
歴史から言えば、便利になればなるほどそれだけ失うものも同時に多い。
自動車が走れば自然が減り、物が安くなればなるほど世界は徐々に困窮を極める。
それは経済から生物学に至るまでの循環において至極当たり前のことであり、それを知りながら承知の上で我々は利便性を求めてきた。
新しいERAにおいて抱えるプロブレムはますます多様化し、その形態は現行法では追いつかなくなりつつあるほどだ。
100年前にはプライベートを守る法も、遠隔操作を禁ずる法もおろか、電波とはなんぞやというレベルの話。
戦争という良くも悪くも文明を発達させる手段でインターネットの大元が出来上がり、今の快適な情報飽和社会が出来上がった。

しかしそれと同時に我々は一つの問題にぶち当たる。
それは愛の距離だ。
映画で人々はインターネットの落とし穴に翻弄されて苦悩を抱える。
しかし映画で訴えかけているのはインターネットの恐怖ではなく、人々の本質的な弱さだ。息子が自殺したことも、クレジットカードが不正に利用されたことも、きっかけは愛の距離が近くなかったからだ。もっと息子を知っていれば、もっと妻の話に耳を傾けていれば。
しかし同時にインターネットが愛の距離を引き裂いたともいえる。遠くにいても繋がれるということは同時にいつでも連絡ができるから連絡する必要がないという判断になりつつある。何も手段がなければ遠くの人間に久々に会った時の感動は計り知れないだろう。それだけに利便化というのは人の温かさを後回しにしてしまうものなのかもしれない。
どんなに優れた利器であってもそれがいい影響を与えるか悪い結果を及ぼすかは結局使う人間次第なのだと感じた


人は皆愛の形に不器用だ。
繋がることを求めてSNSを頼る。
本当は愛はすぐそばにあるはずなのに。



マークジェイコブスが思ってた以上に出てて笑った。
なんか今一つパンチが足りないと思うのだけどおそらく知ってる俳優がいないからだ。
あと絵が結構地味。
海外ポスターの副題にLOOK UPとある。日本も海外も同じなんだね。みんなスマートフォンとPCにくぎ付けで全然上を見ない。空ってこんなに広かったっけと思わせるようないいサブタイトルだと思う。


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