2013年3月30日土曜日

【映画】アルカトラズからの脱出

サンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラズ島。そこには鉄壁の牢獄「アルカトラズ刑務所」があった。別の個所からスイッチを押さなければ開かない鉄格子や、一日に12回ある点呼、監視の目は三人に一人など脱出がいかに不可能かを物語る。そこに入所してきた頭脳優秀な主人公フランク・モリス(クリント・イーストウッド)は脱獄の方法を考えていたが、ある日通気口から外へ出られるという話を聞き、独房の小さい通気口への入り口を大きくしてそこから独房の外へ出て、脱出する手段を思いつく。彼は仲間を誘い、色々な障害をクリアし、それまで絶対に不可能といわれた脱獄へと挑戦する。

ここまで読んだだけでも日本人なら誰しもショーシャンクやんと言うだろうが、こちらは1979年公開であり、ショーシャンクのほうは舞台をオハイオに移して説教じみたストーリーとお涙を織り交ぜた脱獄。こっちは政府に対するアンチテーゼみたいなものを感じる。囚人に対する気分次第で行われる人権を無視した行為、アルカトラズは絶対だという慢心から起きた崩壊(事実一年後に閉鎖することとなった)、またこの物語が事実であるという強烈な裏付けなど非常に面白いエッセンスが感じられショーシャンクみたいな高校生が映画通だと勘違いしてしまうような安直なつくりではないがベースとしては同じ。ちなみに私もショーシャンクは大好き。


この世に絶対は存在しない。絶対神だとか絶体絶命だとか言葉としては多く存在するが、いかなることにも穴があり、可能性が存在する。絶対勝てないといわれたスパルタカスの戦いや絶対大丈夫と言って妊娠したり絶対と書かれた選択肢は大抵間違いだ。絶対という言葉に絶大な安心感を感じてしまうのが人間の弱い部分かもしれない。アルカトラズの場合もまさにそうであり、周りは潮の流れが速く陸まで1マイル、牢獄は鉄壁で誰も出ることはできないと高をくくっていた。しかし海に周りを囲まれていれば鉄はさびるのは当たり前だし錆びるのは時間の問題だ。その盲点に誰よりも早く気づき行動したのがイーストウッドおじいちゃんであり、それは結果として絶対を打ち破ることとなる。


囚人飯とはレストランや食堂でクソまずいミールを提供されたときに罵倒する言葉であるが、ここで見る囚人飯はどうやらそこまでひどいものではなさそうだ。最近は牢獄も食事がちゃんとしたものになってきて、お金がないホームレスの方たちは冬になるとわざと投獄されて暖も取れて食事もできる刑務所に自ずから行くそうだ。ちなみに私がよく好きで食べに行くラーメン二郎は囚人飯はおろか残飯と称される。


絵は私のすべてだと語っていた老人が絵を取り上げられたシーンはとても印象的だった。その後老人は作業中手斧で絵をかくための右手の指を切り落としてしまう。フランクに胸の中に咲く花を渡して。自由というのは最も尊重されるべきものでありたとえ牢屋であってもそれは誰も侵害してはならないのだと感じた。TPPで著作の言論統制について騒がれているがそこに政府が介入すればオタクの怒りは行動へと変わるだろう。彼らの原動力であり私利私欲で生きている彼らのすべてが奪われれば暴走するのは時間の問題だ。


不満としては見事脱出したもののラストが呆気なさ過ぎて感動がない。脱獄しましたーいーすとうっどじいさんいませんー探すけどいないー菊の花落ちてるーチクショウ!みたいな流れなのだがほんと呆気ない。その後テロップで実際の話を映して終わり。当時の作風とかもあるんだろうが、脱獄したらまず外の空気をいっぱい吸う」とか、イーストウッド爺さんがその後どっかのカフェでエスプレッソをすすってる様子を映すとか、そういうのを欲した。
しかし名作であることは間違いないし、様々な作品のルーツを感じる良作。

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